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絵画スクール

ブラザヴィル・ムンガリ(Moungali)地区に、絵画スクール(Ecole de peinture)がある。
私達がぶらぶら歩きながら訪ねたときには、その公園のような敷地のなかでは、ちょうど携帯電話会社がフェスティバル(展示会)をやっていて、人々でごった返していたが、普段は大きなマンゴの木の木陰で写生をする人などがいて、ゆっくり見物ができる。
オープンな展示スペースには、たくさんの油絵などの作品が飾ってあり、こちらは販売もしている。
ブラザヴィルの誇る観光名所でもあり、ちらほら欧米人の見物人もいる。作品の展示と販売をしている人からは、写真もどんどん撮っていいよ!と英語で言われた。

私はここで絵を購入しました。大きめのサイズで、女性達が働く姿。(一番下、右の写真の絵です)

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by tytomoyo | 2007-04-16 23:14 | 絵画スクール

ミュージシャン

コンゴのお葬式を見に行ってみる?と言われて、朝6時に起こされた。

やや慣れてきたことではあるが、朝から皆、テンション高い。「近所で、この一週間、お葬式をやっている家があって、今日出棺なんだって。今日はライブ・バンドが演奏するんだよ」

とりあえず、顔を洗って、とおもったが、断水のせいで、ちょろちょろとしか水が出ない。「あ、いま水がガス臭いから、使わないほうがいいよ」と言われて、メガネとビデオカメラだけつかんで家を出る。

人が亡くなると、一週間くらい常に人が弔問に訪ねる、という話は聞いたことがあった。昼も夜も、歌ったり語り合ったり、感情激しくお葬式をすることも聞いたことがある。
なので、悲しみの現場を見るのだろう、と心の準備をしつつ、タムタムの音高く鳴り響く方向に歩いていく。

しかし、私達が見たのは、道の真ん中にハデなテントを張っておこなっている、リンガラ・ミュージック・バンドのコンサートだった。マルシェに向かう急ぎ足の人々に混じって、行き交う人々が足を止め、バンドの演奏をきいている。子ども達は、並べてある椅子を取り合ったり、ティーンくらいの子達はペットボトルを蹴飛ばしながら、20人くらいでわーっと歓声を上げて、スピーカーから響くエレキギターにあわせて踊っている。朝の6時半である。

お葬式では?なかったのか?とおもいながら、和んだ雰囲気におもわずビデオを向ける。子ども達はわーっと飛び出してきて、カメラの前で得意げに踊る。うれしそうな顔、顔。。

揃いの黄色いTシャツを来たバンド・メンバーたちが振り返り、「それ、ヨーロッパに持っていくんじゃないだろうね」と私のカメラを指さして、バンドのひとりが言う。やば。プロのバンドかもしれないし、お葬式だし(たぶん)、ビデオは禁止かも。

J夫が、「いや、僕たち日本から来てるんだ。」ふーん、と何と反応していいかわからない様子。とにかく、何かコトバを発することが、親しみを見せる手段(というか、しゃべることが人間としてみとめられる第一歩)なので、音楽、トレ・ビアン!と言ってみる。ああ、トレ・ビアンだよ、と皆少しにっこりする。

摩擦をやわらげるため、カメラはJに持ってもらうことにする。ガイジン+カメラ、という組み合わせは、警戒心を引き起こしてしまうらしい。リーダーらしき人がJとしばらく話をしている。

と、そこから、思いもかけぬ展開となる。
リーダーが唐突にマイクで言う。「今日は特別ゲストが来ています。ムッシュー&マダム・・・」なんと、Jと私の名前を言うではないか。テント内外の5、60人の人たちが、こっちを一斉に見る。
えーっ と思う間もなく、「この歌を今日のゲストに捧げます・・・」と、即興で、リズムに乗せて、マダム・トモヨドンガラ・ラ・ジャポネ~ズ、と何度も何度も、何度も何度も、歌うではないか。

朝の6時に顔も洗わず出てきて、よく見えないメガネをかけたまま、私は聴衆の視線にさらされることになった。Jは、といえば、向こうのほうで、ビデオ片手に「ウェ~イ」と手をあげながら、音楽にノッている。

ここは、お葬式なんだよね、と念のためC男に確かめる。「そうだよ。あそこで、出棺する準備してるよ。」見ると、テントに面している家の門のなかで、正装とおもわれるいでたちの人々が歩いている。このコンサートは、おそらく1週間のお葬式の余興?として近所に振舞われているもの、このミュージシャンたちは、この機会に、外国人にも名を売って、少しでもお礼かなにかをもらおうとしていたらしい、とわかったのは、それからしばらくして事態を把握し始めてからだ。

そばのスピーカーからは、リンガラ・ミュージックのエレキと太鼓とともに、「・・・ラ ジャポネ~ズ、トヨタ、ホンダ、カワサキ・・・」と、知る限りの日本語を駆使しているらしい即興ソングは続き、近所中にがんがんと鳴り響く。私はまだ、このお葬式の場でどう振舞ってよいものかと、固まったまま、朝の時間が流れていきました。

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by tytomoyo | 2007-04-16 22:58 | リンガラ・ミュージック

びっくりする風習

コンゴでの挨拶は、フランスでやるように、女性は両頬にかわるがわるキスをするやり方が多い。
ところが、男性同士の挨拶は、頬ではなく、なんと頭と頭を、ゴチゴチと右側、左側とかわるがわるぶつけ合う。J夫は、これ痛いからやなんだよ~と言いながらも、相手がそれをやりそうな気配をみせると、がはは、と笑いながら、よーし、ゴチ、ゴチとぶつける。
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ほかに、めずらしい風習といえば、横に並んで歩くときに、なにげなく手をつないでいることだ。
女性同士はまだしも、男性同士でも、子どももおじさんも、友人どうしお手手つないで歩いている。
私達がアメリカに住んでいたとき、Jはコンゴから来ていた友人にそれをやられそうになって、ここはコンゴじゃない、誤解されるからやめよう、と訥々と説得していたことがあった。コンゴでは、誰もがしているわけではないが、男同士が手をつないでいても、周りの人はびっくりしない。

コンゴに滞在してみて、これといって驚くような風習とか習慣は、これ以外あんまりないなあ~と、私が愚痴っていると、J夫に「なに期待してるんじゃ。」と言われた。
「いや、首がおもいきり長い人種とかは、テレビ番組だけだとおもうけど。」
「コンゴ人、タコやイカやナマの魚を食べる人種ではござらん。」
たしかに、めずらしいモノを食べるという意味では日本のほうが世界から見て驚きかもしれません。

コンゴでの食生活は、豊かだった。、感動的においしかったものはたくさんある。
「ここの作物は全部、有機栽培だから。」と誰かが言っていたが、パイナップルやバナナ、マンゴなどの果物、キャベツ、なす、オクラなどの野菜、卵、魚、肉。日本で食べるのより、甘みがあって、味がしっかりしている。ほんとうにそのものの味に存在感があるというか。。。「私はマンゴです」と果物それぞれが主張しているような味だった。

オレンジがおいしかったので、思いついてマーマレード(Confiture)を作ってみた。
キッチンの火はガスでも電気でもなく、炭である。毎朝、炭に火をいれて、それで一日料理したり、お湯を沸かしたりして、夜まで火を使う。魚を焼くにも、煮込みをするにも、シャワーのためのお湯をゆっくり沸かすのも、炭の火だ。オレンジを煮込んでいると、おしゃべりしに来る人、つまみ食いしに来る子ども、買い物した野菜を運んで来る人、冷蔵庫にあるハイビスカス・ジュース(Bissap)をとりにくる人、などいろいろな人がキッチンを出入りする。ちなみに冷蔵庫は、昔よくお菓子屋さんにあったアイスクリーム用のブリキの箱みたいなやつだった。たぶん、氷屋から氷を買って入れてあったとおもう。

お母さんは、もう一つの火で、ピーナッツバターを作り始めた。殻つきのピーナッツの殻を割って、皮をむき、煎って、つぶして・・と長い工程をかけて手作りする。香りをかぐだけでうっとりする。ピーナッツバターは、おもに料理に使う。パームオイル(やしの油)とあわせて肉や野菜と煮込んだ料理も、とてもおいしい。

料理は、トマトベースのものが多い。牛、豚、鶏肉、白身の魚もよく使う。
珍しいものでは、地方ではりねずみ(porc-epic)を、森から獲ってきたものを料理してくれた。(針の部分は料理されてなかった。)チキンみたいでおいしかった。それから、うなぎもあった。ただし、身が厚くて大あじ、しかもトマトソースのなかに野菜といっしょに煮てある。(うなぎのタレ以外で食べたのは初めてだった。うなぎ自体の味が日本のとどう違うかはよくわからない。)
虫の幼虫を食べるという話は聞いたが、食べる機会はなかった。
初めて見るサフという野菜は、見た目は茄子、切るとアボガドのような種があって、意外にもやや薄味だったが、おいしかった。

主食は、カッサバ、またはマニオックという芋を乾燥して粉にし、お湯で練ってお餅のようにしたもの。フーフーと呼ばれる。米、フランスパンも常食である。

→ フード写真集は、「食」のページに入れました。
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by tytomoyo | 2007-04-13 01:03 | びっくりする風習

cuisine

mangue マンゴ
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papaye パパイヤ/ Banane plantain プランタン・バナナ (料理用バナナ)
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Safou サフ。 ナスのようなアボガドのような・・塩をつけて食べる
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Sakasaka  サカサカ。マニオックの葉の部分
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Poisson congolais コンゴ名物の魚料理だそう。レストランにて。(名前がわからない。誰か教えてください)/ Trois Pieces という名の定番料理 (koko, poission, Pâte d’arachide
ココ、魚、ピーナッツバターの3種が入っている)
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koko ココ/ piment ピーマン(唐辛子。食卓に必ず、すりつぶしたのが添えられる)
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Manioc  /  Foufou
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Porc-épic はりねずみ。 マクアという町で、捕ってきて料理してくれた / Anguille うなぎ
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oshagea (palm oil peanut butter) / bitekuteku ほうれん草みたいな野菜
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Anana 地から生えるパイナップルと、木になるパイナップルがあった / fruits 
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Canne à sucre さとうきび。 / Igname 芋類。北部のほうにたくさん売っていた。
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beignet ベニエ。すりつぶしたバナナの入っているドーナツ
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manioc
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Foufou フーフー マニオックという芋を乾かして粉状にしたものを買ってきて、熱湯で練る。米、パンと並んで主食。
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Legumes 野菜
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by tytomoyo | 2007-04-11 01:16 |

ブラザ祭り

一般にコンゴ人の「外国人」への感情は、複雑である。ヨーロッパ(フランス)の植民地であった時代をふくめて、常に外国が良くも悪くも自国の存亡に関わってきた歴史がある。主要な収入源である石油産業を始め、おもな産業や政治・経済が外国政府や企業なしに成り立たない事情になっている。
観光産業もほとんどないので実際に外国人を目にすることはあまりない国ながら、外国との関係なしには成り立たないことを国民は知っている。

私たちが滞在中に、「La Fete de Brazza =ブラザ祭り」というのが首都ブラザヴィルで大々的に行なわれた。「東京祭り」や「大江戸祭り」みたいなもんか、と思っていたらこれが根本的に違っていた。
ブラザとは、コンゴを「発見」した探検家ピエール・サヴォナン・ドゥ・ブラザ(Pierre Savorgnan de Brazza, 1852-1905?)というイタリア人のことである。首都ブラザ・ヴィルは、フランスが赤道地域(現在のコンゴ、ガボン、中央アフリカ共和国、チャド)に植民地政府を置いたときに首都として、彼にちなんでつけられた名である(ヴィルVilleはフランス語で「市、町」)。そのいわばガイジン来訪100年祭が、現在のコンゴ政府をあげて大々的に行なわれたわけである。

写真をみてのとおりだが、「祝!ブラザ!」というポスターにコンゴの現大統領とフランスのシラク大統領が、アラビアのローレンスみたいなブラザと、当時のコンゴ人の象徴とおもわれる人とともに、手を取り合っている写真が載っている。このお祭りのために、ホワイトハウス再現?ともみまごう荘厳なる建物が市街に建てられ、ブラザ氏の銅像が建てられ、夜はカラフルなレーザー光線がぐるぐるとそのまわりを照らし、そして大音量のリンガラ・ミュージックが巨大スピーカーから響いている。そのまわりを軍人だか警官だかが、厳重にガードしている。

普通に考えても、コンゴ国民としては、これを企画し巨額を投じた政府が情けなくて怒りにふるえる、という状況ではないか、と思うが、見たところ、街中にはブラザ祭りのポスターが貼られ、「そういえば、明日この祭りがあるよ」と人々に熱意はないにしろ、反感もあまりない様子。国民は政府の暴挙には慣れているのか、へえーきれいな建物作ろうとおもえばできるのねえ、とライトアップされたホワイトハウスに、純粋な興味の目を向ける。

言っておくが(と肩をふるわせてしまうが)、住宅地では頻繁に停電があり、断水があり、道路も舗装されず、路肩の溝は工事しないでほったらかしという状態なのに、ブラザ祭りでレーザービームである。

J夫の友人たちと、ブラザ祭りについて話す機会があった。彼らは言う。「まったく同感だよ。それがほとんどの庶民が、というのはほとんどの国民だけど、思ってることだよ。先に電気と水だよ!」
「でも、この10年くらいで、ずいぶん変わってしまった。前は、町なかで人が会えば、口に泡飛ばして政治論議をしていたものだけど、最近はもうなくなった。(1997年から99年頃まで続いた、大統領選に端を発する)内戦があってから、もう政治の話をするのもうんざりだ」
ここの人々は、独立後、何十年も希望と挫折の道をたどり、政府と外国と石油、資源にまつわる争いに巻き込まれてきた。

そして、「皮肉だけど、1960年代、僕たちの子どもの頃、つまり植民地から独立したばかりのころは、ほんとに綺麗な町並みと建物が並んでいたんだよ。ブラザヴィルは、中央アフリカの中では一番美しい街だったんだから。」ブラザヴィルの市街には、もと噴水があった広場、とか、もと街路樹があった通り、とか、その面影がかんじられる場所がある。

コンゴには森も川も海もある。肥料をやらずとも作物が育つほどの肥沃な土地にも恵まれている。ブラザヴィルの町の中にも、あそこにマンゴ、あそこにバナナ、と楽園のごとく果物の実がなっている。しかし、なぜか売っているマンゴ・ジュースは、ドバイからの輸入品だったりする。

ブラザヴィルには、コンゴ河という、対岸のキンシャサが遠くて見えないほどの巨大な水量を持つ川が流れている。しかし、住民の住宅の水道は、しょっちゅう断水する。人々は、いくつものバケツやたらいに水を貯めて断水に備える。飲料水はペットボトルの水を買う。

北部への旅行中にOyuという都市を通過した。ここは、現大統領のホームタウンだ。見た目には、ほかの町ととくに変わりない、のどかな町に見えたが、念のため、カメラを向けるのはやめよう、とJ夫とイトワさんに言われた。町の中に突然現われたのは、飲料水ペットボトルの大工場だった。私には、ブラザ記念館とレーザービームを見たときの苦―い不快感が、再び襲ってきたのだった。

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by tytomoyo | 2007-04-09 18:45 | ブラザ祭り

ヘア・スタイルとドレス 1.

二軒隣りに住むM子と、彼女のお姉さんC子さんはヘア・サロンの美容師をしている。毎日、一緒に買い物に行ったり、料理をしたりしてすっかり友達になった。私が、女性の髪型にすごく興味を示したら、そんなに興味あるなら、これから作品を見せてあげるわ、とヘアを一人仕上げるごとに、「どう、このスタイル?」とお客さんを家まで連れてきてくれた。

女性の髪型は、つけ毛を編み込んだり、部分カツラをつけたり、手芸用品店で売っているようなビーズやボタンやリボンなどの装飾グッズを編み込んだり、ロングヘアーをつけたり、まさに自由自在。昨日ショートヘアだった人が今日はロングヘアになったり、髪の色が変わったり、カツラをつけたり、もうこちらが気恥ずかしいほどイメチェンする。

なが~い時間をかけて、ときには、建物の外の道端に、お風呂の椅子みたいなプラスチックの椅子に腰掛けて、おしゃべりしながら、何時間もかけて編みこんでいく。美容院は、昼間、近所の女性が自然と集まる井戸端会議の場でもあるらしく、お客さんや美容師以外の女性たちもそこに座り込んで、おしゃべりを決め込んでいる。子どもをそこにいる人に預けて、用事を足しにいく人もいる。

少し年配のお母さんの年代になると、編みこみのヘアスタイルは面倒になるのか、カツラを日によって付け替える。カツラにも、白髪が混じっているナチュラル系や、ちょっとあらたまった日用、カツラと帽子が一体になっているもの!、などいろいろある。外出から帰ってきて、ああ暑かった、と帽子とカツラの一体型を脱ぐので、びっくりさせられる。カツラの代わりに帽子やスカーフを巻いていることもある。

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by tytomoyo | 2007-04-02 18:18 | ファッション、ヘアスタイル