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写真はノン

連日、近所や親戚、友人の人々に次々紹介されたり話したりした。
誰もが満面の笑顔で、「よく来たね~、アフリカは暑いでしょ、不便でしょ」と、歓待してくれたり心配してくれたり、とてもフレンドリーであたたかい。

食事中だろうが、洗濯中だろうが、ひっきりなしに人が訪ねてくるこの家では、誰もそのたびに自分のやっていることを中断したりしないのだが、客人も、「入ってそのへんに座ってて」と言われて、居合わせたほかの客人と話をしたり、テレビを見たり、忙しいならまた来るよ、とこともなげに帰っていったり、実に自由で遠慮がない。それに混じって「○○ちゃん、遊びましょ」と小さい子供も大きい少年達も、この家の子供を訪ねてくる。ごく自然な近所づきあいがある。私に対しても、アフリカはどう、日本って地震があるんでしょ?と話の内容が変わるくらいで、基本的に近所の人と接するのと変わりなく接してくれて、とても親しみやすい。一度会った人は、次の日にあうと「オハヨー元気?」と気軽に話しかけてくるくらい、「ガイジン」への抵抗感をかんじない。

しかし、それが個人のつきあいレベルでなく、一般大衆レベルとなると話がちがう。

ガイジンが何しにきた、とでも言いたげなその一般外国人に対する表情は、人が集まるマーケットでビデオ・カメラをむけたとたんに炸裂した。

「それ、ビデオとってヨーロッパで売るんでしょ」「おい、写真とるな!」「むこう行け~」
こういう言葉をコンゴ人ははっきり、目をみて大きな声で言う。そこは、なにか思ってもガイジンにはっきり言えない日本人とは国民性が違う。

「ご、ごめんなさい。。写真ダメだって」とおののく私に、連れのD子はこれまた驚くような対応をする。
「どこがヨーロッパなのよ、この人、誰だと思ってるのよ、私の家に来てるウチの親戚よ。あんたたちの写真とって何がわるいのよ!」ともっとおののくような勢いで反撃する。私としては「いえ、別に人をもの珍しそうに撮ろうとしたわけでなく、活気あるマーケットの様子を全体的に撮ろうと・・・」とちゃんと説明したいところだが、D子と機関銃のような口論を2~3分交わした人は、「じゃあ、撮るならちょっとこのアングルで撮ってよ、なんちゃって、ハハハ!」とご機嫌になっていたりして、D子も「さ、好きなように撮っていいわよ」と、ひと片付けしたような口調で私に報告する。

2-3日も滞在するとわかるのだが、こういったコンゴ人のやりとりは口論、というより、コンゴで口がきける人なら普通にする会話である。売り言葉に買い言葉、というのはここでは、「けんか」ではなく「挨拶」のようなものである。思っていることをハッキリ言う。それがもとにカチンとくる人は、またハッキリ言う。しばらくハッキリ言い合うと、だんだんすっきりしてくるのか、いまコワイ顔でかみつきそうになっていたのにもう忘れて、けらけら笑っている。どんな会話もいわば挨拶なので、とにかく交わさなければ、こちらも失礼をしている気になる、というのがフシギの国コンゴである。

マクア(Makoua)という地方に小旅行したときにも、道路から見える川のせせらぎと木々の風景がのどかだったのでカメラを構えると、数百メートルは離れたところで川で水浴びしている、米粒にしか見えない数人が、「ガイジンが、なにしてんだよ~ぉ~ぉ~」とこだまするくらいの遠さから声をかけてきた。

私の横でJ夫が「景色がきれいだから写真とってるんだよ。心配するな~ぁ~ぁ~」とこだま声で返す。「やめてくれよ~ぉ~ おれたちハダカなんだから~ぁ~ぁ~」 
だから、写真でも米粒ぐらいでハダカかどうかわからないって。
J夫と私は、風景も撮ったし、行こうと歩き出すと、水浴び少年か青年たちは、まだ「○X☆○X☆ぁ~ぁ~ きゃあきゃあ」と叫び声とも笑い声ともつかぬ会話を続けている。コンゴでは、なんらかの挨拶は返さなければいけないので、J夫は「うん、そうだよ~ほんとにそうだよ~、ジャーネ~マタネ~」と日本語入りで叫ぶと、「わーははは、なんとかかんとか~」とまた声が返ってくる。

ほんとにエネルギーのいる国だ。

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by tytomoyo | 2007-03-28 15:47 | 写真はノン